急激に変化する時代だからこそ
長期志向経営をぶれることなく実踐し、
絶えざる変革を実行していきます
代表執行役社長

激動する環境の中で私たちが果たすべき使命
まず最初に、新型コロナウイルス感染癥によりお亡くなりになられた方々に哀悼の意を表しますとともに、罹患された皆さまやそのご家族に心からお見舞いを申し上げます。また、醫療従事者の方々をはじめ、感染拡大防止に取り組んでおられる皆さまに心より感謝申し上げます。
これまでにはおそらく想像もしなかった未曽有の事態の中、三菱ケミカルホールディングス(MCHC)の社長として、刻々と移り変わる局面でグループを率いていくことの重責を改めて実感しています。同時に、直面するさまざまな課題と真摯に向き合い、一つ一つ難局を打開していく決意を新たにしています。
これら課題の中でも、感染拡大の混亂期に私たち経営陣が最も力を注いできたのが、グローバルなサプライチェーンの維持?回復でした。私たちは幅広い産業にさまざまな素材や部材を提供しています。その中には醫療?醫薬品、衛生用品、食品など、今回のような狀況を克服する上で不可欠なライフライン向け製品も數多くあります。感染拡大によってサプライチェーンが分斷される中、私たちはこれら製品の安定供給という社會的使命を果たすために、それぞれの地域?職場に応じた感染防止策を徹底して継続し、開発?生産拠點とリモート會議などで緊密に連攜を取るなど、一丸となって供給の維持に努めてきました。
また、MCHCグループは、多岐にわたる素材を扱う企業と して、既存の製品?技術を活かして感染拡大防止に貢獻する製品を供給するとともに、醫療機関への支援活動にも取り組んでいます。
さらに、醫薬品事業を展開するMCHCグループでは感染 予防に貢獻するワクチンの開発も重要なテーマと位置付け、田辺三菱製薬のカナダの子會社Medicago Inc.で獨自のVLP※ワクチンの開発に全力を挙げています。
VLP:Virus Like Particle (ウイルス様粒子)
將來の不確実性を前提に「サステナビリティ」を追求
新型コロナウイルスの脅威は、収束までに數年かかると言われています。この脅威に直面し、私たちの価値観は大きく変わりました。人々の生活様式やビジネススタイルはデジタル技術を軸に急速に変化しており、また産業界では分斷されたサプライチェーンの再構築が始まっています。
こうした変化は、企業にとっては、短期的には働き方やビジネスプロセスの見直し、中長期的には既存のビジネスモデルの陳腐化というリスクに直結します。しかし一方で、デジタル技術の社會実裝が加速し、これまで大都市に集中してきた人口や機能の分散化、エネルギー消費の低減、多様な働き方の普及などが進んだという側面があることも事実です。 私は、こうした現象は、現代の企業経営の重要課題である “サステナビリティ実現”に向けた方法論に重大な示唆を與えていると認識しています。
世界的な人口増加と地球溫暖化、食糧偏在?水不足、エネルギー?資源枯渇など、人類にとってこれら社會課題の解決は、今や待ったなしの狀況にあり、その解決に向けた道筋も明確ではありません。また、技術革新のスピードや広がりは、一層速くそして複雑になっています。こうした中で確信を持って企業を率いていくためには、より積極的に「將來の不確実性」に焦點を當て、可能な限りの知見?データを動員して未來を予見し、手を打つ必要があるのではないか―そんな思いのもとに、私たち経営陣は2018年から「2050年を見據えたMCHCのあるべき姿」について議論を始めていました。
今回の新型コロナウイルス感染癥の流行は、地球環境や國際社會?経済の先行きの不確実性を象徴する事象であり、私たちのこれまでの議論の前提を肯定するものとなりました。私たちは、數々の議論を経て2020年2月に発表した、中長期経営基本戦略「KAITEKI Vision 30(KV30)」を持続的成長に向けた羅針盤として、この不透明な時代に著実に歩を進めていきます。
2030年のめざす姿を描いた「KAITEKI Vision 30」を策定
「KV30」がめざすもの。それは「2050年に現在の社會課題が全て解決された世界」です。そのためにMCHCグルー プは、社會課題解決に資する事業群へとポートフォリオ改革を加速し、従來の化學企業の枠組みを超えて、事業の付加価値を高め、社會システム全體の最適化に貢獻するソリューションプロバイダーへとビジネスモデルを変革していきます。
これまでもイノベーションを通じて経済価値と社會価値を同時に創出するKAITEKI経営により、企業価値の最大化を追求してきました。しかし、デジタル技術の進展や事業環境の不確実性の拡大、SDGsに代表される環境?社會 課題解決への世界的な要請、パリ協定など規制強化の潮流を踏まえると、今後はより長期的な視點に立って自社のリスクを丹念に見極め、デジタル技術を基盤としたイノベーションを加速して成長機會に転換していくなど、これまでとは次元の異なる変革が必要です。
この仮説をもとに2018年から開始したのが、前述した経営陣の議論です。その中で社會課題と構造変化に起因するリスクを抽出したところ、私たちがこのまま社會課題に対して何も手を打たない場合には、約1兆円もの企業価値が棄損されることが想定されました。これらを踏まえMCHCグループと してめざす姿をまとめ、KV30を策定しました。2030年には「炭素循環」など社會課題解決に貢獻する6つの事業領域が売上に占める割合を70%超と設定するなど高い目標を掲げました。この中には、今回のコロナ禍で現実化したリスクに備える「醫療進化」「デジタル社會基盤」領域も含まれています。私は、こうした中長期的な企業経営においては、いかにリ スクを低減し成長機會を拡大していくかについて、積極的な情報開示を通じたステークホルダーとの透明性の高いコミュニケーションが不可欠だと考えています。企業と社會の持続的発展に向けて、事業を通じた社會課題の解決を“経営の動機”として語るべき時代が到來したと私は確信しています。
現中期経営計畫 APTSIS 20における取り組みと進捗
現在、私たちはコロナ禍における緊急対応に取り組んでいますが、同時にこの2020年度は中期経営計畫 APTSIS 20の最終年度でもあります。
殘念ながら2019年度は、米中貿易摩擦の長期化などの影響により半導體および自動車用途を中心に需要が低迷し、さらに第4四半期以降は、新型コロナウイルス感染癥の世界的大流行の影響により経済活動が抑制された影響を受けて減収減益となりました。MOE指標の主要なKPIも前期比では大きく落ち込む結果となりました。
また、2020年度の見通しも、半導體市場においては需要 回復の兆しが見られるものの、引き続き先行き不透明な狀況が続き、中期経営計畫終了時のコア営業利益4,100億円、ROE13%、ROS9%といった定量目標の達成は極めて難しいと考えています。
財務定量目標と実績(MOE指標のKPI)
2018年度 実績 | 2019年度 実績 | APTSIS 20 2020年度目標 |
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コア営業利益 | 3,172億円 | 1,948億円 | 4,100億円 |
親會社の所有者に帰屬する當期利益 | 1,695億円 | 541億円 | 2,200億円 |
ROE | 12.7% | 4.2% | 13.0% |
ROS | 8.1% | 5.4% | 9.0% |
ネットD/E レシオ | 1.26倍 | 1.79倍 | 1.0倍 |
このように厳しい狀況の中でも、APTSIS 20の基本方針(「機能商品、素材、ヘルスケア分野の事業を通じて高成長?高収益型の企業グループをめざす」)における主要施策を通じた化學系3事業會社統合による統合効果の発現や、ポートフォリオマネジメント強化による収益基盤の強化?拡大については一定の成果が上がったと考えています。また、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速や、グローバルマネジメント、研究開発體制の強化など、イノベーション力の向上と強固な経営基盤づくりは確実に進展しました。これら進捗のポイントについてご説明します。
APTSIS 20 におけるポートフォリオマネジメント強化

(1)3社統合による機能商品分野の成長加速と素材分野の基盤強化
化學會社として成長するために、グループの3つの事業會社を三菱ケミカルとして統合、シナジー/協奏體制を構築し、機能商品分野の強化を実施しました。また素材分野でも、世界トップシェアを誇るMMAは中東に新プラントを建設し、一層の競爭力強化を図り、産業ガスにおいてはグローバルに事業拡大を図るために歐米を中心にM&Aを推進しました。
(2)グローバルなマネジメント體制を強化
國內市場の成長が限界を迎える中、2016年度に39.5%だった海外売上収益比率を APTSIS 20 では50%にする目標を掲げ、2019年度は42.9%まで達しました。そして顧客ごと、地域ごとのニーズや社會課題に迅速にソリューションを提供するために、約2年前からデジタルネットワーク基盤を強化、世界各地の情報を共有しながら、歐州?米州?中國それぞれの地域ごとでタイムリーに意思決定するリージョナル化を推進してきました。
(3)デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速
近年の科學技術の進化は目を見張るものがあります。私は海外のIT巨人と呼ばれる企業との交流を通じてDXのインパクトを確信し、2017年に先端技術?事業開発室を設置しました。以來、外部登用したChief Digital Officerを中心に約3年かけて人員を拡充。その結果、研究開発では、マテリアルズ?インフォマティクス※などの活用が始まっており、プラント操業の最適化においては、現場のファクトから解決法を探る演繹的な手法から、データ解析で仮説を立ててその有効性を確認する帰納的な問題解決手法に代わるなど、アプローチの仕方が劇的に変わっています。
マテリアルズ?インフォマティクス:AIを用いて新素材の設計や代替素材の探索を効率的に行う開発手法
(4)田辺三菱製薬の完全子會社化
2020年3月、MCHCは田辺三菱製薬を完全子會社化しました。近年、醫薬品開発ではAIや量子コンピューティングなどの先端技法が活発に利用されています。そうした環境下でよりスピーディに研究開発成果を創出するためには、デジタル技術をはじめ、バイオ、化學領域における研究開発投資を長期的な視點で持続可能なかたちにしていくことが必要であり、より活発なシナジー創出に向けた資本の有効活用という観點から意思決定しました。
もちろん、その背景には田辺三菱製薬が注力している免疫疾患や神経中樞系といった醫薬品市場の將來性、世界的なヘルスケア市場の拡大があるのは言うまでもありません。アンメット?メディカル?ニーズに応える醫薬品も多く、社會課題解決を推進力とするMCHCグループらしい成長を期待しています。
MCHCグループの強みを発揮して社會課題へのソリューションを提供
今期は、2021年度から始まる新中期経営計畫の策定年度となります。
2005年に持株會社となって以來、MCHCは「機能商品」「素材」「ヘルスケア」の3分野で、社會価値と経済価値の両立によるバランスの取れた持続的成長をめざしてきました。その中で不採算事業からの撤退や、三菱レイヨンや大陽日酸の連結子會社化、新規事業の買収など構造改革を通じて抜本的なポートフォリオ改革に取り組み、より安定的な収益構造を実現しました。環境?社會?ガバナンスの観點から企業基盤強化にも取り組み、Dow Jones Sustainability IndicesなどのESG評価機関からもワールドクラスの評価を得るまでに至っています。そして今、これまでの経験と未來の考察を融合させた中長期経営基本戦略KV30をベースとして、2021年度から始まる中期経営計畫の策定を行っています。この新たな中期経営計畫は、前半2年間でpostコロナに向けてレジリエンスの向上と経営基盤のさらなる強化に努め、後半3年間で成長を軌道に乗せていくことを想定しています。
私は、レジリエンスの期間で重要になるのは、サプライチェーンの再構築だと考えています。新型コロナウイルス感染癥はグローバルなサプライチェーンを分斷しました。また、近年のナショナリズムの臺頭も相まって、各國ではライフラインに関わる物資を自國経済の圏內で確保する方向にあります。企業もまた、グローバルな最適化をめざして分散させてきたサプライチェーンを、情報はグローバルに共有しつつ、モノの流れ自體はリージョナルに変えていく動きが早まるでしょう。そうした意味で、私たちが APTSIS 20で取り組んできたリージョナル化は、時代への一つの解でもあり、今後も加速していきます。
また、この不確実性が高まる時代において、私はぜひともMCHCグループの“総合力”が再評価されるようにしていきたいと思います。多様な事業を持つMCHCグループは、コロナ禍においても市場の変化に柔軟に対応することが可能です。何より私たちには総合化學會社ならではの価値創造力があります。「総合」を謳う企業は、時には株式市場から本來あるべき価値より低く評価されることもありますが、MCHCグループは強い経営基盤をもとに、事業ごとに持つ強みを活かしてシナジーを追求し、KV30で掲げた事業領域においてグループならではのソリューションを創造し得ることを実証したいと思います。
新たな時代に挑戦し続ける「人」「風土」をつくる
私は、経営者がどんな壯大なビジョンをつくっても、時代を射抜く施策を立案しても、最終的にはそれを実現する「人」と、一人一人が自律的に新たな事柄に挑戦する「風土」がなければ目標は達成できないと考えています。
その基盤となるのが、働く環境の整備?安全の確保、コンプライアンス、人事や資源配分のフェアネスを基軸としたコーポレートガバナンスの強化にあることは言うまでもありません。
安全確保に関しては、過去の災害や事故を風化させることなく、その教訓を製造設備の適切なメンテナンスに活かしていくとともに、最新技術を活かした事故防止対策を立案し、実行しています。また330社に及ぶ海外子會社でも、運転?設備ノウハウを浸透させ、人材を育成し、事故や災害防止の徹底に努めています。

Medicago第2工場建設地視察
コンプライアンスについては、各國の法令、規則、基準に的確に対応し、內部統制システム強化のために、2018年度に導入した內部統制マップなどを用いて改善を進めています。
さらに、コーポレートガバナンスの強化については、機動的な業務運営と経営の客観性?透明性を確保するという目的のもと、2015年の指名委員會等設置會社への移行などを通じて監督と執行を明確に分離しました。
また、これら経営基盤の強化とともに、今後はKV30の実現に向けて主體的に考え行動する人材育成や談論風発の企業文化の定著がより重要となっています。そこでMCHCでは「人事制度改革とグローバルマネジメント」をテーマに、従業員一人一人の達成感や働きがいを軸とした「人と働き方に関わる改革」に著手しています。
多様な意見に耳を傾け、価値創造に活かす
2020年のダボス會議では、企業価値向上という目的に関して、これまでの株主至上主義から、環境?社會の持続可能性をより積極的に追求し、あらゆるステークホルダーに価値をもたらすステークホルダー主義への転換が提唱されました。この議論の方向性は、私たちがめざしてきたKAITEKI経営そのものであり、KV30の基本思想でもあります。
新型コロナウイルスの感染拡大によって世界は大きな変化に直面していますが、私たちMCHCグループはこれからもぶれることなく社會価値と経済価値を持続的に両立させるKAITEKI経営を貫くとともに、多様なステークホルダーの聲に耳を傾けながら自らを革新し、KAITEKI価値を高め続けてまいります。ステークホルダーの皆さまにおかれましては、さまざまな対話を通じてぜひ忌憚のないご意見を頂戴したいと思います。
引き続きMCHCグループの活動へのご理解とご支援をよろしくお願いいたします。
新型コロナウイルスがもたらす変化の考察
新型コロナウイルスがもたらす変化の考察 | 新型コロナウイルスの収束後(postコロナ) |
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新型コロナウイルスの影響を踏まえた企業活動の方向性
新型コロナウイルスとの共存期(withコロナ) | 個人/社會への影響 |
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代表執行役社長
2020年10月(「KAITEKIレポート2020」掲載)